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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)47号 判決

東京都新宿区西新宿2丁目4番1号

原告

セイコーエプソン株式会社

代表者代表取締役

安川英昭

訴訟代理人弁理士

石井康夫

鈴木喜三郎

上柳雅誉

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

佐藤伸夫

宮本晴視

幸長保次郎

伊藤三男

主文

特許庁が、平成2年審判第17839号事件について、平成5年12月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年3月29日、名称を「時計の輪列構造」とする考案(以下「本願考案」という。)につき特許出願をした(実願昭59-45327号)が、平成2年8月3日に拒絶査定を受けたので、同年10月4日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第17839号事件として審理し、平成5年12月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年2月7日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

別添審決書写し記載のとおり。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、本願出願前頒布された刊行物である実開昭54-171373号公報(以下「引用例1」といい、その考案を「引用例考案1」という。)、実開昭58-49281号公報(以下「引用例2」といい、その考案を「引用例考案2」という。)及び従来周知の技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法3条2項により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨、引用例1及び2の記載事項(ただし、以下の点を除く。)、本願考案と引用例考案1との一致点(ただし、以下の点を除く。)及び相違点の各認定はいずれも認める。引用例考案1において、四番車(本願考案の「四番歯車」に相当)が「薄板状」であること、上地板に形成された下地板側に突出する受面の位置が「四番ピニオン(本願考案の「四番かな」に相当)外周部近傍に対向する位置」であること、本願考案と引用例考案1がそれらの点で一致することはいずれも争う。本願考案と引用例考案1の相違点1~3の判断はいずれも争う。

審決は、本願考案と引用例考案1との一致点の認定を誤り、相違点を看過し(取消事由1)、相違点1~3の各判断を誤り(取消事由2~4)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り、相違点の看過)

審決は、引用例考案1について、四番車が「薄板状」であること、上地板に形成された下地板側に突出する受面が「四番ピニオン外周部近傍に対向する位置に」形成されていると認定し、これらの点で本願考案と一致すると認定しているが、以下に述べるとおり、いずれも誤りである。

(1)  引用例考案1において、薄板状の四番車6には、中心部近傍に上地板1側に突出する受面が形成されている。四番車の上記受面は、上地板1に形成された下地板2側に突出する受面に対向するように形成されている。すなわち、四番車6に形成された受面と上地板1に形成された受面とを対向させて接触させていることから、接触に際して、四番車6の接触部分に厚みを与えようとしているものと考えられ、また、この受面があることにより、本願考案におけるような四番車真の肩部を設けなくて済むとも考えられる。

引用例1(甲第4号証)の図面を観察すると、上地板(輪列受)における突出量の母体に対する比率と、四番車の突出する面の高さの母体に対する比率は、同じ程度であるから、母体と突出量の比率は、両者に差異はなく、四番車の突出する面が引用例考案1においては無視できないものとなっている。

したがって、引用例考案1の四番車は、「中心部近傍に突出する受面が形成された薄板状の四番車」と認定すべきものを、審決は、この受面を看過して、単に「薄板状の四番車」と誤って認定した。

(2)  また、引用例考案1において、上地板1には、前記受面に対向する位置に下地板2側に突出する受面が形成されており、四番ピニオンとの対応でみれば、この受面は、四番ピニオンの中心部から外周部近傍にかけて対向する位置であり、いわば四番ピニオンのほぼ全面に対向する(全面を覆う)位置に形成したものである。

したがって、上地板(輪列受)に形成された下地板(地板)側に突出する受面は、「四番歯車に形成された受面に対向する位置(四番ピニオンの全面に対向する位置)に前記地板側に突出する受面」と認定をすべきものを、審決は、これを「四番ピニオン外周部近傍に対向する位置に前記下地板側に突出する受面」(審決書3頁15~16行)と誤って認定した。

(3)  審決は、引用例考案1について、上記のとおり、四番歯車に形成された受面を看過し、輪列受の受面について誤認し、それにより、四番歯車への針押し込み時に、本願考案では、輪列受の受面で四番歯車の輪列受側の平面を直接受けるのに対して、引用例考案1では、輪列受の受面で四番歯車に形成された突出する受面を受ける点、並びに、輪列受の受面が、本願考案では四番かな外周部近傍に対向する位置に形成されているのに対し、引用例考案1では四番歯車に形成された受面に対向する位置(四番ピニオンのほぼ全面に対向する位置)に形成されている点の二つの相違点を看過したものである。

しかも、本願考案は、四番歯車が薄板状であることにより、輪列受との衝合によって四番歯車にかかる圧力を、四番かな外周部近傍に対向する位置に突出する受面で受けるようにして、針押し込み時に加えられる圧力に対して強固に受けられるようにしているのに対し、引用例考案1の中央部に突出した受面をもつ薄板状の歯車には、本願考案のような意図も、作用効果も認められない。

これらの相違点が、本願考案と引用例考案1及び2との対比判断に重大な影響を及ぼすことは明らかである。

2  取消事由2(相違点1の判断の誤り)

審決は、「時計の輪列構造において、その構成要素である歯車およびかなの材料として金属を用いること、また輪列受の材料としてプラスチック樹脂を用いることは、それぞれ従来よく行われている周知技術である。そして、本願考案が、引用例1記載のものに上記従来周知の技術を適用して、四番歯車と四番かなを金属で形成し、輪列受をプラスチック樹脂として相違点(1)のように構成することは、当業者であれば適宜なし得る程度のこと」(審決書5頁14行~6頁2行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

本願明細書及び図面(以下、図面を含め「本願明細書」という。甲第2、第3号証)に従来技術として挙げた図面第1図のものは、四番歯車及び四番かながプラスチック樹脂で一体成形されたものであり、これに対する輪列受もプラスチック樹脂である。このような構成においては、秒針取付け時に加えられる面圧縮応力の問題があることから、針押し込み時に輪列受等を破損するおそれがあった。

そこで、本願考案は、四番歯車と四番かなは金属で形成し、輪列受の材料としてプラスチック樹脂を採用するという、特定材料の組合せを選択することにより、従来技術における問題点を解決する構造を採用し、特に、「軸受穴と、前記四番かな外周部近傍に対向する位置に前記地板側に突出する受面とが形成されており、かつ前記受面の側面は四番車真の肩部に接触しないように前記軸受穴に向けて斜面が形成されてなり」との構成を採用することにより、本願明細書に記載されているように、接触による歯車の止まりを防止することができ、時計の薄型化ができ、四番車の組込み作業が容易にできるものであり(甲第2号証4欄34~44行)、さらに、四番車への針押し込み時の面圧縮応力を極力小さくおさえることができるため、輪列受の破損を防止でき、指針押し込み時に四番歯車の曲がりという問題もなくなる(同5欄1行~6欄1行)という効果を奏するものである。

審決は、このような四番歯車、四番かな、輪列受の特定材料の組合せと、それに対処した構成について考慮することなく、本願考案と引用例考案1との相違点を判断したものであり、組合せの他方の材料を考慮することなく、単に「歯車及びかなの材料として金属を用いること」、「輪列受の材料としてプラスチック樹脂を用いること」がそれぞれ周知であるからといって、本願考案のような構成が当業者であれば適宜なしうる程度のこととはいえない。

3  取消事由3(相違点2の判断の誤り)

審決は、引用例2に輪列受に四番車の軸受穴に向けて斜面を形成することが記載され、また、引用例2の図面第1図に四番車の真に肩部を形成することが従来例として記載されている点を挙げて、相違点2の構成は当業者であれば適宜なしうる程度のことと判断している(審決書6頁5~17行)が、以下に述べるとおり、誤りである。

本願考案においては、「軸受穴と、前記四番かな外周部近傍に対向する位置に前記地板側に突出する受面とが形成されており、かつ前記受面の側面は四番車真の肩部に接触しないように前記軸受穴に向けて斜面が形成されてなり」との構成を採用することにより、上記のとおり、歯車の止まりを防止することができ、時計の薄型化ができ、四番車の組込み作業が容易にできる効果を奏するものである。

これに対し、引用例考案2には、接触防止と薄型化という効果はない。すなわち、引用例2(甲第5号証)の図面第3図及び第5図に、四番車の軸受穴に向けて形成された斜面があることは理解できるが、この斜面が、審決が相違点2で認定した、「受面の側面は四番車真の肩部に接触しないように軸受穴に向けて斜面が形成されている」ものであるとの記載はない。また、接触防止は、金属材料である四番車真とプラスチック樹脂を用いた輪列受という組合せによって生じるものである

引用例2の第3図及び第5図の四番車には、引用例考案1と同様に、軸受側に向けて突出した受面が形成され、これが輪列受の下面と接触することにより、四番車真の上昇を制限しており、四番車真の肩部と斜面との接触が問題にならない構造といえる。さらに、引用例考案1における四番車真の肩部は、四番歯車に突出形成された受面に埋没し、輪列受側に出張っていない。

したがって、引用例考案1に対して引用例考案2の技術を適用したと仮定しても、四番車真の肩部が輪列受に接触するという問題が生じるべくもなく、引用例2の第3図及び第5図の斜面が、四番車真の肩部との接触を避けるために設けられたものと理解することはできず、この斜面は、四番車真を軸受穴に挿入しやすくするためのガイドとして設けられたものと推測され、本願考案の上記構成要件における斜面と同効のものではない。

なお、四番車真の肩部について、引用例2の第1図に示されていることは認めるが、これは宝石受軸を用いた場合の構成を示すものであり、プラスチック樹脂成形の輪列受に適用できることを開示するものではない。

4  取消事由4(相違点3の判断の誤り)

審決は、四番車への針押し込み時の状況について、引用例1に、「図面第1図、第2図には、輪列受から地板側に突出する受面が四番歯車の輪列受側の平面を受ける構成が記載されている。」(審決書7頁1~3行)と認定し、審決が相違点3として認定した、「本願考案は、四番車への針押し込み時輪列受の受面で四番歯車の輪列受側の平面を直接受けるようにしたのに対し、引用例1には、四番車への針押し込み時の構成について記載されていない点」(同5頁8~11行)は、「実質的な相違点と認められない。」(同7頁7行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

引用例考案1では、前記のとおり、四番歯車の中心部近傍に突出する受面が形成されており、この受面に対向して、四番歯車に形成された受面に対向する位置(四番ピニオンの全面に対向する位置)に地板側に突出する受面が形成されているものである。そして、四番車への針押し込み時には、この受面同士が衝合するものであるが、これには、薄板状の歯車を使用することの問題意識が見られない。

本願考案は、輪列受に形成された受面が、四番かな外周部近傍に対向する位置に地板側に突出するものであることにより、薄板状の四番歯車を用いても、針押し込み時に四番歯車の平面に加えられる圧力は、四番かなの外周部が共同して受けることができ、強固なものとすることができるものである。

この点で、相違点3を実質的な相違点でないとする審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例1の図面第1図に、四番車(本願考案の「四番歯車に相当」)の中心部近傍に輪列受側に僅かに突出する面が記載されていることは認めるが、この面を四番車の必須の構成要件として位置づけなければならない根拠は見当たらず、しかも当該突出量は相対的に僅かであって、四番車の形状を薄板状と認識することを妨げるものではない。

すなわち、四番車の突出する面は、原告主張のように、接触部分に厚みを与える効果及び四番車真の肩部を設けなくて済む効果を期待するには、あまりにも突出量が少ないものであり、原告の主張には無理がある。そして、引用例1において、第1、第2図以外には四番車の輪列受側に突出する面については何らの記載もない点を考慮すると、四番車の突出した面が明確な技術的意図をもって記載されたものとはいえない。

したがって、審決が「薄板状の」四番車と認定したことに誤りはない。

(2)  また、引用例考案1の輪列受に形成された地板側に突出する受面が、四番ピニオン(本願考案の「四番かな」に相当)の外周部近傍に対向する位置において形成されている事実に相違はない。

すなわち、本願考案の要旨に輪列受の突出する受面が「四番ピニオン外周部近傍に対向する位置のみに」形成されていると限定的に規定されていない点に留意して、本願考案の輪列受の受面の成り立ちを考えると、まず、前提となる構成として、四番ピニオン外周部近傍に対向する位置を含めて前記地板側に突出する受面があり、さらに、この受面の側面に軸受穴に向けて斜面が形成されることによって、結果的に、輪列受の受面が環状となる構成であるという解釈が成り立つことは明らかである。

そうすると、本願考案と引用例考案1との対比において、引用例考案1における受面は、本願考案の輪列受の受面の前提となる構成としての、四番ピニオン外周部近傍に対向する位置を含めて前記地板側に突出する受面に相当するものであって、この限りにおいて、本願考案と引用例考案1とは同一である。

そして、引用例考案1の輪列受に形成された地板側に突出する受面が、四番ピニオンの外周部近傍より内側の中心部近傍に対向する位置に形成されている点、換言すれば、受面の側面は軸受穴に向けて斜面が形成されていない点は、審決が相違点2として認定している点である。

したがって、審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

本願明細書には、四番歯車及び四番かなを金属で形成した理由を、輪列受がプラスチック樹脂で形成されている点と関連づけて説明した記載箇所はなく(本願考案の四番歯車及び四番かなの材料として金属が選定された結果、輪列受の材料としてプラスチックが選定されたとする記載はなく、また、その逆の記載もない。)、また、四番歯車及び四番かなを金属で形成しかつ輪列受をプラスチック樹脂で形成したことによる相乗効果が生ずるとした記載箇所もない。したがって、原告が主張するところの、本願考案における材料の特定の組合せは、根拠がない。

一方、四番歯車及び四番かな、輪列受の材料を選定するに当たっては、本来個々のニーズに合った特性を有する材料を選定すべきところであり、他方の材料を考慮しなければならない必然性はない。すなわち、番車の歯車及びかなの材料についていえば、古くから用いられている金属と共に、プラスチックも多用されている。金属材料は、寸法精度と強度に優れるが、高価であるのに対し、プラスチックは、寸法精度と強度に劣るが、安価であることはよく知られている。そこで、番車の歯車及びかなに寸法精度と強度に対するニーズがある場合には金属を選定し、コストに対するニーズがある場合には、プラスチック材料を選定することは、普通の技術手段である。輪列受の材料についても、同様である。

審決が相違点1について示した判断は、こうした観点に立つものであって、審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3について

引用例2の図面第3図及び第5図に記載された斜面は、原告も認めるとおり、四番車真を軸受穴に挿入しやすくするためのガイドとして設けられたものと考えられ、組込み作業の容易性をもたらす点では本願考案の斜面と同効のものである。そして、引用例1に記載の輪列構造において、引用例2に記載のもののように、輪列受に四番車の軸受穴に向けて斜面を形成し、かつ、四番車として、真に肩部をもつ従来周知の構成のものを採用する場合、前記肩部と斜面とが接触すれば歯車の止まりの問題が生ずることは明らかであるので、前記肩部に接触しないように斜面を形成することは当然に考慮されるべき事項である。また、肩部に接触しないように斜面を形成すれば、肩部は必然的に斜面で囲まれた空間内に収納されることになり、時計の薄型化の効果が生じることは明らかである。なお、四番車真の肩部に接触しないように輪列受の斜面を形成した構成は、本願明細書に従来例として示されている第1図における三番車の受け構造においても採用されている。

原告は、接触防止は、金属材料である四番車真とプラスチック樹脂を用いた輪列受という組合せによって生じるものであると主張するが、四番車真の材質は、四番歯車及び四番かなの材質とは別個の問題であり、この四番車真の材質については本願明細書及び図面には全く記載がないから、原告の主張は失当である。

したがって、審決の相違点2の判断に誤りはない。

4  取消事由4について

前記取消事由1に関して述べたとおり、引用例1の第1図、第2図に記載された四番歯車の構造全体として「薄板状」と認定するのが相当であり、四番歯車の輪列受側の面構造を実質的に平面として認識できるので、本願考案と引用例考案1とは同一の構成であり、また、同一の効果を奏することは明らかである。

したがって、審決の相違点3の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り、相違点の看過)について

(1)  本願考案は、本願明細書(甲第2、第3号証)に記載されているように、「第1図に示すようにプラスチツク樹脂成形の輪列受5に対して、四番かな4bで受ける構造をとると、四番かな4bのかな歯先により輪列受側の接触面を傷つけることになり、止まりとなる問題点もある」(甲第2号証3欄9~13行)との従来技術の問題点を解決するために、本願考案の要旨に示された「地板に軸支される二番車と、前記二番車の貫通穴と輪列受で軸支される四番車とを備えてなる時計の輪列構造において、前記四番車は前記二番車と係合する側に四番かな、前記輪列受側に薄板状の四番歯車を配設し」、「前記四番車への針押し込み時前記輪列受の受面で前記四番歯車の輪列受側の平面を直接受けるようにしたことを特徴とする」ものであると認められる。

すなわち、本願考案の四番歯車の表面は「薄板状」であり、四番車への針押し込み時輪列受の受面を受けるのは四番歯車の輪列受側の平面であり、本願明細書(甲第2、第3号証)の他の記載に照らしても、四番歯車の表面に突出する面があってもよいことを示唆する記載はない。

これに対し、引用例1(甲第4号証)において、引用例考案1の四番車(四番歯車)の形状に関しては、図面第1図及び第2図に図示されているのみであるところ、第1図には、四番車の表面には突出した受面が図示され、この受面は上地板(輪列受)に形成された受面と対向させて全面接触させているように描かれていることが認められる。

一般に、時計は、薄型化、小型化が進められており、外力が加わる部分については相応の強度が求められ、強度を保つには、材質に変わりがない場合、肉厚を厚くすればよいことは技術常識であるから、引用例考案1における四番歯車の上面に突出する受面は、輪列受の受面に接触していることからして、輪列受側からの外力を受けうるようになっており、四番車真に針を押し込む際にはその外力を受けうる構造となっているものと解される。

そうすると、本願考案においては、輪列受側からの外力を薄板状の四番歯車で受けるのに対し、引用例考案1においては、四番歯車の表面に突出する受面で受けるものと解されるから、両者は外力を受ける構造が相違するものというべきである。

被告は、引用例1の図面第1図に記載された、四番車(四番歯車)の中心部近傍に上地板(輪列受)側に突出する面を四番車の必須の構成要件として位置づけなければならない根拠は見当たらず、しかも当該の突出量は相対的に僅かであって、四番車の形状を薄板状と認識することを妨げるものではないと主張する。

しかし、そもそも、引用例考案1における四番車自体が薄い板状のものであるから、四番車における輪列受側に突出する面がわずかであっても、上地板(輪列受)側の受面に接触し、その外力を受ける受面として、その厚みに有意性があることは前示のとおりであるから、四番車側の突出する面もまた受面として、これを無視することは許されないというべきである。

したがって、この中心部近傍に突出する受面を看過して、単に「薄板状の四番車」とした審決の認定は、正当ということはできない。

(2)  本願考案の輪列受には、本願考案の要旨に示されるとおり、「四番かな外周部近傍に対向する位置に前記地板側に突出する受面とが形成されており」、また、この受面の側面には、「四番車真の肩部に接触しないように前記軸受穴に向けて斜面が形成されてなり」、このことによって、輪列受の受面は環状となる構成であることが示されており、この構成により「受面が四番かなの外周部近傍と対向した位置に設けた位置にあるので、指針押し込み時に四番歯車の曲がりという問題がなくなる。」(甲第2号証5欄7行~6欄1行)との効果を奏するものと認められる。

これに対し、引用例考案1の輪列受に形成された地板側に突出する受面は、上記のとおり、四番歯車の上面に突出する受面と全面接触し、四番車からの圧力は四番歯車の上面に突出する受面から直接受けるものであって、本願考案における輪列受に形成された受面のように、その側面に軸受穴に向けて斜面が形成されたものではないから、「四番歯車に形成された突出する受面に対向する位置に前記地板側に突出する受面」と認定するのが正確であり、たとえ、この受面の最外周が四番ピニオンの中心部から外周部近傍に対向する位置にあるとしても、これをもって、本願考案における輪列受に形成された受面と同一視することはできないというべきである。

引用例考案1の輪列受に形成された地板側に突出する受面についての審決の認定は、正当でない。

(3)  以上によれば、審決が、本願考案と引用例考案1との四番歯車が「薄板状」であり、輪列受に「四番かな外周部近傍に対向する位置に前記地板側に突出する受面とが形成されている」点で一致するとしたことは、誤りというべきである。

2  取消事由3(相違点2の判断の誤り)について

以上を前提にして、審決の相違点2の判断について検討する。

本願明細書の記載によれば、本願考案は、「四番歯車とかなを金属製にした場合、四番車の真に歯車を打ち込むための肩部を形成する必要がある。したがつて、四番車真の肩部が輪列受方向に突出するため、指針の押し込み時にプラスチツク樹脂の輪列受を傷つけたり、作動状態においてプラスチツク樹脂の輪列受の削りを生じ歯車の止まりという問題が発生する。」(甲第2号証4欄26~33行)という技術的課題を解決するために、輪列受の地板側に突出する「受面の側面は四番車真の肩部に接触しないように前記軸受穴に向けて斜面が形成されてなり」との構成を有するものであり、このことにより、前記のとおり、歯車の止まりの防止、時計の薄型化等の作用効果を奏するものと認められる。

これに対し、上記のとおり、引用例考案1は、四番車に形成されていた受面と輪列受に形成された受面とを対向させて全面接触させるもので、四番車側の肩部も、輪列受側の斜面もいずれも本願考案のような関係において存在しない構造になっているから、本願考案の上記課題も存在せず、それによりもたらされる上記作用効果も奏しえないものと考えられる。

一方、引用例考案2は、第3図、第5図のいずれにも、四番車の軸受穴に向けて形成された斜面が描かれているが、四番車真の肩部を有しない構造となっている。したがって、この斜面が車真を軸受穴に挿入しやすくする効果を有することは考えられるとしても、肩部が存在しない以上、本願考案のような課題のもとに斜面が形成されたものと解することはできない。

なお、引用例2の第1図には、従来の時計の修正機構に関し、四番車7の真に肩部を形成したものが示されているが、輪列受側に形成されたものは軸受けであって、肩部に対応する斜面が形成されてはいないし、これを第3図及び第5図の斜面に適用できることを示唆する記載もないから、引用例2の記載からは、本願考案の有する、指針の押し込み時にプラスチック樹脂の輪列受を傷つけたり、作動状態においてプラスチック樹脂の輪列受の削りを生じ歯車の止まりが生じたりすることを防止するとの課題は存しないものというべきである。

被告は、引用例1に記載の輪列構造において、引用例2に記載のもののように、輪列受に四番車の軸受穴に向けて斜面を形成し、かつ、四番車として、真に肩部をもつ従来周知の構成のものを採用する場合、前記肩部と斜面とが接触すれば歯車の止まりの問題が生ずることは明らかであるので、前記肩部に接触しないように斜面を形成することは当然に考慮されるべき事項であると主張する。

しかし、上記のとおり、引用例考案1及び2からは、いずれも本願考案の有する技術的課題を見いだすことができず、また、引用例2に肩部と斜面が個別に図示されていたとしても、本願考案のような技術的課題に基づいて、両者を組み合わせて引用例考案1に適用すべき合理的動機付けがあるとは認め難いから、本願考案のように構成することが、当業者が適宜なしうることとする審決の判断は誤りである。

3  取消事由4(相違点3の判断の誤り)について

審決は、相違点3の四番車への針押し込み時の構成について、引用例1には、「図面第1図、第2図には、輪列受から地板側に突出する受面が四番歯車の輪列受側の平面を受ける構成が記載されている」(審決書7頁1~3行)と認定している。

しかし、上述のとおり、引用例考案1において、輪列受から地板側に突出する受面は、四番歯車の上面に突出する受面と全面接触しているものであり、輪列受の受面が受けるのは、四番歯車の平面から突出した受面であって、その肉厚で受面に働く外力を受ける構成になっているから、本願考案のように四番歯車の平面で受ける構成とは、これを同一視することはできないというべきである。

したがって、審決が、上記認定を前提として、「相違点(3)は実質的な相違点と認めることはできない」(同6~7行)としたことは、誤りというほかはない。

4  以上のとおり、取消事由1、3及び4に係る審決の認定判断は誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消事由2について判断をするまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官押切瞳は、転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

平成2年審判第17839号

審決

東京都新宿区西新宿2丁目4番1号

請求人 セイコーエプソン株式会社

東京都新宿区西新宿2丁目4番1号 セイコーエプソン株式会社内

代理人弁理士 鈴木喜三郎

東京都新宿区西新宿2-4-1 セイコーエプソン株式会社特許室

代理人弁理士 上柳雅誉

昭和59年実用新案登録願第45327号「時計の輪列構造」拒絶査定に対する審判事件(平成4年12月10日出願公告、実公平4-52705)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 本願は、昭和59年3月29日の出願であって、当審において平成4年12月10日に出願公告されたところ、実用新案登録異議の申し立てがなされたものである。

本願考案の要旨は、出願公告され、その後平成5年9月28日付け手続補正書により補正された明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「地板に軸支される二番車と、前記二番車の貫通穴と輪列受で軸支される四番車とを備えてなる時計の輪列構造において、

前記四番車は前記二番車と係合する側に四番かな、前記輪列受側に薄板状の四番歯車を配設してなり、

前記四番歯車と前記四番かなは金属で形成され、

前記輪列受はプラスチック樹脂よりなるとともに、軸受穴と、前記四番かな外周部近傍に対向する位置に前記地板側に突出する受面とが形成されており、かつ前記受面の側面は四番車真の肩部に接触しないように前記軸受穴に向けて斜面が形成されてなり、

前記四番車への針押し込み時前記輪列受の受面で前記四番歯車の輪列受側の平面を直接受けるようにしたことを特徴とする時計の輪列構造。」

2. これに対して、実用新案登録異議申立人、青木康が引用した甲第2号証である実開昭54-171373号公報(以下、引用例1という)には、「下地板に軸支される二番筒と、前記二番筒の貫通穴と上地板で軸支される四番車軸とを備えてなる時計の輪列構造において、前記四番車軸は前記二番筒と係合する側に四番ピニオン、前記上地板側に薄板状の四番車を配設してなり、前記上地板は軸受穴と、前記四番ピニオン外周部近傍に対向する位置に前記下地板側に突出する受面とが形成されてなる時計の輪列構造」が記載されている。

次に、同じく甲第1号証である実開昭58-49281号公報(以下、引用例2という)には、「地板に軸支される分針車と、前記分針車の貫通穴と受で軸支される四番車とを備えてなる時計の輪列構造において、受には四番車の軸受穴に向けて斜面が形成されている時計の輪列構造」が記載されている。

3. 本願考案と引用例1記載のものとを対比すると、本願考案における「地板」「二番車」「輪列受」「四番車」「四番かな」「四番歯車」は、それぞれ引用例1記載のものの「下地板」「二番筒」「上地板」「四番車軸」「四番ピニオン」「四番車」に対応するので、本願考案と引用例1記載のものは、共に「地板に軸支される二番車と、前記二番車の貫通穴と輪列受で軸支される四番車とを備えてなる時計の輪列構造において、前記四番車は前記二番車と係合する側に四番かな、前記輪列受側に薄板状の四番歯車を配設してなり、前記輪列受は軸受穴と、前記四番かな外周部近傍に対向する位置に前記地板側に突出する受面とが形成されてなる時計の輪列構造」である点で一致するが、次の点で相違する。

(1)本願考案は、四番歯車と四番かなは金属で形成され、輪列受はプラスチック樹脂よりなるのに対し、引用例1記載のものは、それらの材料については特に限定のない点。

(2)本願考案は、受面の側面は四番車真の肩部に接触しないように軸受穴に向けて斜面が形成されているのに対し、引用例1記載のものは、受面にそのような斜面が形成されてない点。

(3)本願考案は、四番車への針押し込み時輪列受の受面で四番歯車の輪列受側の平面を直接受けるようにしたのに対し、引用例1には、四番車への針押し込み時の構成について記載されてない点。

4. よって、上記相違点について検討する。

相違点(1)について、

時計の輪列構造において、その構成要素である歯車およびかなの材料として金属を用いること、また輪列受の材料としてプラスチック樹脂を用いることは、それぞれ従来よく行われている周知技術である。そして、本願考案が、引用例1記載のものに上記従来周知の技術を適用して、四番歯車と四番かなを金属で形成し、輪列受をプラスチック樹脂として相違点(1)のように構成することは、当業者であれば適宜なし得る程度のことと認められる。

相違点(2)について、

引用例2記載のものの「分針車」「受」は、それぞれ本願考案の「二番車」「輪列受」に対応するから、引用例2には、輪列受に四番車の軸受穴に向けて斜面を形成すること、が記載されている。また、四番車の真に肩部を形成することは、例えば引用例2の図面第1図に従来例としても記載されているように従来周知である。したがつて、本願考案が、引用例1記載のものにおいて、四番車の真に上記従来周知のように肩部を形成し、輪列受から地板側に突出する受面には引用例2記載のもののように、軸受穴に向けて斜面を形成して相違点(2)のように構成することは、当業者であれば適宜なし得る程度のことと認められる。

相違点(3)について、

引用例1には、四番車への針押し込み時輪列受の受面で四番歯車の平面を直接受ける旨を明言する記載はないが、図面第1図、第2図には、輪列受から地板側に突出する受面が四番歯車の輪列受側の平面を受ける構成が記載されている。そして、このような構成であれば、四番車への針押し込み時に、輪列受の受面が四番歯車の輪列受側の面を直接受けることは明かである。したがって、相違点(3)は実質的な相違点と認められない。

また、本願考案の全体としての効果は、引用例1および2に記載のもの、および従来周知の技術から予測し得るものであって、格別のものと認められない。

5. 以上のとおりであるから、本願考案は、引用例1および2に記載のもの、および従来周知の技術に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年12月17日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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